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ケーニヒスベルク (軽巡洋艦・3代) : ミニ英和和英辞書
ケーニヒスベルク (軽巡洋艦・3代)[よ, しろ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
: [けい]
  1. (n,pref) light 
巡洋艦 : [じゅんようかん]
 (n) cruiser
: [かん]
  1. (n,n-suf) warship 
: [よ, しろ]
 【名詞】 1. world 2. society 3. age 4. generation 

ケーニヒスベルク (軽巡洋艦・3代) : ウィキペディア日本語版
ケーニヒスベルク (軽巡洋艦・3代)[よ, しろ]

ケーニヒスベルク (Königsberg) は、第一次世界大戦後に建造されたドイツ海軍軽巡洋艦K級巡洋艦の一隻。
==艦歴==
ケーニヒスベルクはヴィルヘルムスハーフェンで1926年4月12日に起工し、1927年3月26日進水。1929年4月17日就役。1929年12月17日に艦隊に加わった。
ケーニヒスベルクは1930年1月1日から1936年2月23日まで偵察艦隊旗艦であった。第二次世界大戦勃発までの間、ケーニヒスベルクは地中海ノルウェーイギリスポーランドフィンランドスウェーデンを訪れた。
スペイン内戦時には、先にスペインに派遣されていた軽巡洋艦ケルンと交代するため、1936年11月25日にキールを出港。18日にスペインのエル・フェロルに着き、翌年の1月15日にキールに帰還するまでスペイン周辺で活動した。
第二次世界大戦が始まると、ケーニヒスベルクは他の駆逐艦などと共に、北海での機雷敷設に従事した。
1940年4月、ケーニヒスベルクはノルウェー侵攻(ヴェーザー演習作戦)にベルゲン攻略に当たるグループ3の1隻として参加した。ベルゲン占領に向かったのはケーニヒスベルクの他に、軽巡洋艦ケルン、砲術練習艦ブレムゼ、水雷艇レオパルトヴォルフSボート母艦カール・ペーターズとSボート5隻、武装トロール船2隻であった。4月7日の夜中、上陸部隊を載せたケーニヒスベルクとケルン、ブレムゼはヴィルヘルムスハーフェンを出撃した。途中で水雷艇などと合流し、9日早朝ベルゲンに接近した。その際、ノルウェー軍の砲台からの砲撃でケーニヒスベルク、ブレムゼ、カール・ペーターズが命中弾を受けた。ケーニヒスベルクには2発乃至3発が命中した。ベルゲン市街や港などは同日中にドイツ軍の手に落ちた。
4月10日朝、応急修理のためベルゲンに留まっていたケーニヒスベルクはイギリス軍機の攻撃を受けた。攻撃したのは、オークニー諸島から発進したスクア急降下爆撃機であった。ケーニヒスベルクには少なくとも3発の爆弾が命中し、転覆沈没した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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